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私が3月末に震災支援から一人帰るとき、やっと動き出した交通網。登米市役所前からバスで仙台。仙台から東京、東京から新幹線と帰り着きました。通りがかりにちらりと見た尋常小学校跡。機会を得て見たいと思っていました。願いはまず半分叶いました。
前日は公園へ停めた車中で野宿。震災復興業者が多くて、どこも満室、旅館が取れなかった。まあ、唐突に当日だからね無理はない。
翌朝の散歩。中には入れませんでしたが、ステキな建物でした。モダンな洋風配置とデザイン。「教育資料館」有形文化財だそうですから、詳しい説明は中にあるのでしょう。公開してるのか閉館中かは不明。
窓にはビニルが貼ってありましたが一部、割れたまま空いているのも。震災で窓ガラスが沢山割れました。しかし国の審査がないと入れられないそうです。3月11日の地震で登米市内でもあちこちの道路が盛り上がり、外壁が崩れましたが、多くの屋根は何ともありませんでした。この建物も瓦は整然と並んでいます。
ところどころに宝飾が施されています。庇の上の傾斜の棒は、これは何と呼ぶのですか?段付きの加工が丁寧に施されています。
これは、尋常小学校の向かいの古い門の残りらしき遺跡。塀があったのだろうが車庫のために取り壊されたのだろう。後ろの丸柱は意匠的な余裕を感じられる。門柱への横差しも水平ではなく、傾斜しているのは珍しい。
その門の屋根。ルーフィングは、板を円く抜いたシングルかと思ったら、石材でした。アスファルトルーフィングじゃないでしょうね。市内では大きな屋根にもこの、丸模様がウロコの模様に並べてあります。珍しいと思ってました。このあと雄勝町へ行ったのだが、硬質の粘板岩の産地と言うことで、これかも知れないなあと思いました。違っていたらご指摘下さい。
下は、登米高等洋裁女学校 と看板にある。繊維産業を支えたのでしょう。
その前にあった切り株、サクラのようです。あの地震で倒れたか伐採したようです。大きな老木だったかも知れません。また新しい芽を出していました。
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